八 - 8

类别:文学名著 作者:夏目漱石 本章:八 - 8

    「いえ泥棒ではありません。落雲館の生徒です」

    「うそをつけ。落雲館の生徒が無断で人の庭宅に侵入する奴があるか」

    「しかしこの通りちゃんと学校の徽章(きしょう)のついている帽子を被(かぶ)っています」

    「にせものだろう。落雲館の生徒ならなぜむやみに侵入した」

    「ボールが飛び込んだものですから」

    「なぜボールを飛び込ました」

    「つい飛び込んだんです」

    「怪(け)しからん奴だ」

    「以後注意しますから、今度だけ許して下さい」

    「どこの何者かわからん奴が垣を越えて邸内に闖入(ちんにゅう)するのを、そう容易(たやす)く許されると思うか」

    「それでも落雲館の生徒に違ないんですから」

    「落雲館の生徒なら何年生だ」

    「三年生です」

    「きっとそうか」

    「ええ」

    主人は奥の方を顧(かえり)みながら、おいこらこらと云う。

    埼玉生れの御三(おさん)が襖(ふすま)をあけて、へえと顔を出す。

    「落雲館へ行って誰か連れてこい」

    「誰を連れて参ります」

    「誰でもいいから連れてこい」

    下女は「へえ」と答えが、あまり庭前の光景が妙なのと、使の趣(おもむき)が判然しないのと、さっきからの事件の発展が馬鹿馬鹿しいので、立ちもせず、坐りもせずにやにや笑っている。主人はこれでも大戦争をしているつもりである。逆上的敏腕を大(おおい)に振(ふる)っているつもりである。しかるところ自分の召し使たる当然こっちの肩を持つべきものが、真面目な態度をもって事に臨まんのみか、用を言いつけるのを聞きながらにやにや笑っている。ますます逆上せざるを得ない。

    「誰でも構わんから呼んで来いと云うのに、わからんか。校長でも幹事でも教頭でも……」

    「あの校長さんを……」下女は校長と云う言葉だけしか知らないのである。

    「校長でも、幹事でも教頭でもと云っているのにわからんか」

    「誰もおりませんでしたら小使でもよろしゅうございますか」

    「馬鹿を云え。小使などに何が分かるものか」

    ここに至って下女もやむを得んと心得たものか、「へえ」と云って出て行った。使の主意はやはり飲み込めんのである。小使でも引張って来はせんかと心配していると、あに計らんや例の倫理の先生が表門から乗り込んで来た。平然と座に就(つ)くを待ち受けた主人は直ちに談判にとりかかる。

    「ただ今邸内にこの者共が乱入致して……」と忠臣蔵のような古風な言葉を使ったが「本当に御校(おんこう)の生徒でしょうか」と少々皮肉に語尾を切った。

    倫理の先生は別段驚いた様子もなく、平気で庭前にならんでいる勇士を一通り見廻わした上、もとのごとく瞳(ひとみ)を主人の方にかえして、下(しも)のごとく答えた。

    「さようみんな学校の生徒であります。こんな事のないように始終訓戒を加えておきますが……どうも困ったもので……なぜ君等は垣などを乗り越すのか」

    さすがに生徒は生徒である、倫理の先生に向っては一言(いちごん)もないと見えて何とも云うものはない。おとなしく庭の隅にかたまって羊の群(むれ)が雪に逢ったように控(ひか)えている。

    「丸(たま)が這入(はい)るのも仕方がないでしょう。こうして学校の隣りに住んでいる以上は、時々はボールも飛んで来ましょう。しかし……あまり乱暴ですからな。仮令(たとい)垣を乗り越えるにしても知れないないように、そっと拾って行くなら、まだ勘弁のしようもありますが……」

    「ごもっともで、よく注意は致しますが何分多人数(たにんず)の事で……よくこれから注意をせんといかんぜ。もしボールが飛んだら表から廻って、御断りをして取らなければいかん。いいか。――広い学校の事ですからどうも世話ばかりやけて仕方がないです。で運動は教育上必要なものでありますから、どうもこれを禁ずる訳には参りかねるので。これを許すとつい御迷惑になるような事が出来ますが、これは是非御容赦を願いたいと思います。その代り向後(こうご)はきっと表門から廻って御断りを致した上で取らせますから」

    「いや、そう事が分かればよろしいです。球(たま)はいくら御投げになっても差支(さしつか)えはないです。表からきてちょっと断わって下されば構いません。ではこの生徒はあなたに御引き渡し申しますからお連れ帰りを願います。いやわざわざ御呼び立て申して恐縮です」と主人は例によって例のごとく竜頭蛇尾(りゅうとうだび)の挨拶をする。倫理の先生は丹波の笹山を連れて表門から落雲館へ引き上げる。吾輩のいわゆる大事件はこれで一とまず落着を告げた。何のそれが大事件かと笑うなら、笑うがいい。そんな人には大事件でないまでだ。吾輩は主人の大事件を写したので、そんな人の大事件を記(しる)したのではない。尻が切れて強弩(きょうど)の末勢(ばっせい)だなどと悪口するものがあるなら、これが主人の特色である事を記憶して貰いたい。主人が滑稽文の材料になるのもまたこの特色に存する事を記憶して貰いたい。十四五の小供を相手にするのは馬鹿だと云うなら吾輩も馬鹿に相違ないと同意する。だから大町桂月は主人をつらまえて未(いま)だ稚気(ちき)を免がれずと云うている。


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